「実質的支配者リスト」(実質的支配者情報一覧)の保管・交付制度がスタート(日本) ~実質的支配者の意味と反社チェック・マネロン対策(AML)における留意点~



株式会社の「実質的支配者リスト(大株主情報)」の保管・交付制度が2022年1月31日から始まる。

 

法務省所管のこの制度は、株式会社が自ら任意に商業登記所(法務局)に「実質的支配者(≒大株主)」のリストを提出し保管してもらい、必要時に保管済のリストの写しを登記所に請求し、交付を受けるというものである。写しの交付を受けることができるのは当該株式会社のみである。

 

リストの写しを、ある種の証明書(リストが公的機関に保管されていることを証明)として、取引先や金融機関等に提出するような活用が想定されている。

 

金融機関や不動産業者など、犯罪収益移転防止法(以下、犯収法)により取引時の顧客確認義務が課せられている事業者にとっては、すでに「実質的支配者」は馴染みのあるワードであろう。

 

今後は、犯収法の適用業者以外の一般事業者においても、取引審査などの場面で実質的支配者の保管済リストの写しを相手に徴求し、反社・与信チェックの基礎資料として活用することが見込まれる。

 

この制度における実質的支配者の定義は犯収法施行規則11条2項のうち株式の保有割合(形式基準)によるものである。ざっくり言えば、その株式会社の50%超の株主か、該当がなければ25%超の株主である。%の算出に際しては間接的な保有も含み、自然人までさかのぼる。

 

この定義に基づいて法人がリストを自作し登記所に提出する。

 

登記官は、保管依頼に際し添付される証拠書面(株主名簿写し、法人税申告書別表二)に照らし齟齬がないか形式的なチェックするだけであり、実質的なチェックは行わないようである。

 

バックグラウンドの怪しい会社はこの制度を利用するとは思えない。利用するにしても悪用であり、フロントの人間をリストアップした虚偽のリストが保管・交付されるリスクもある。反社チェックや取引先審査において取り扱いには注意が必要だ。  


●反社チェックにおける留意点 ~危機に感応しない「実質的支配者」情報~

 

反社チェックを「実質的支配者」のチェックだけで済ませてはダメだ。

 

実質的支配者の概念(法律上の定義)は、その字面(じづら)から受ける印象に反し、単なる形式基準に当てはめて判定される者に過ぎず、まったく「実質的」ではないからだ。

 

リスク管理において「指標」(実質的支配者もある種の指標である)が意味を持つのは、何らかの変化に感応してその値も変化するからである。その指標をモニタリングしていれば、何らの変化が生じた場合に異変をキャッチできるから指標として着目するのである。逆に、局面の変化に無感応な指標はリスク管理において意味をなさない。かえってリスクを見逃すことになり有害である。

 

我々が最も警戒すべきリスクは、取引先が反社会的勢力に侵食されることである。ところが実質的支配者は、こうした重大な局面変化に感応しない。反社に侵食された場合もその値(実質的支配者が誰か)はステイである。こうなるのは、①不芳な会社は実質的支配者の情報を定義に従って正直に申告(更新)しないだろうという根源的な問題もあるが、②仮に法律(定義)に従って申告したとしても、それが実態を反映しないからである。以下では②について少し掘り下げてみたい。

 

まず、定義を振り返っておこう。

 

●実質的支配者の定義

(株式会社の場合の骨子。犯罪収益移転防止法施行規則11条2項)

 

① 議決権総数の50%超の議決権を直接・間接に有する自然人

② ①の該当者がなければ議決権総数の25%超の議決権を直接・間接に有する自然人

③ ②の該当者がなければ出資・融資・取引を通じて事業活動に支配的な影響力を有する自然人

④ ①②③の該当者がなければ、代表取締役(自然人)

 

例えば、代表者が51%の株式(議決権)を所有していれば①に該当し、②以降は考慮する必要がない。実質的支配者としてリストアップされるのは当該代表者(①)だけとなる。このように①から順に判定し、該当があれば、その時点でリストアップは終了となる。③を本当に出来るのなら実質的な判定となるが、大方の中小企業では、ここに辿りつく前に株式の保有割合という形式基準(①②)で判定は終了してしまうのである。

 

ちなみに2022年1月31日から開始される「実質的支配者リスト」の保管・交付制度では上記の定義のうち①と②しか判定に使わない。つまり完全に形式基準で運用されることに注意したい。保管依頼に際しては、株主名簿(会社法121条)の写しや、法人税申告書別表二(株主が記載)が登記所へ保管依頼する際のエビデンスとなる。つまり、自社の「申告」がベースとなる制度である。

 

さて、株式を100%保有しているからといって、その者がその会社を実質的にコントロールできるかと言えば、必ずしもそうではない。例えば、代表者が個人的に借金し、その資金で会社に出資するということがよくある。この場合、実質的支配者は定義により代表者(株主)となるが、その代表者に影響力を持つのはカネを貸している「貸主」であろう。

 

反社チェックや信用調査では、このように「実質的支配者」の背後で影響力を持つような主体がいないかどうかに注意をすることが必須だ。実質的支配者の字面にだまされて、その者が本当の実権者であると直ちに判断してはダメだ。

 

背後関係を調べる基本作業として、代表者(の資産を管理する会社)の所有する不動産はチェックしたい。自宅不動産に住宅ローン以外の担保権が設定されている場合は貸主をチェックする。所有不動産を売却している場合も、実際は資金を借りるための形式的な売買(=譲渡担保。売却代金は実質的には融資金で、返済すれば所有を元に戻す取引)に過ぎず売却先との関係が継続している可能性もある(単なる不動産のスポット取引ではなく、債務を通じて影響を受けている可能性がある)。

 

 

●株式を担保にした個人借財と実質的支配者

 

創業間もないベンチャー企業の経営者などは、不動産を持っておらず、保有する自社の株式を担保にカネを借りざるを得ない場合もある。この株式担保については、実質的支配者との兼ね合いで重要なため少し立ち入ってみよう。

 

株式を担保に代表者個人が借金する方法として、①株式の質入れと、②株式の譲渡担保がある。

 

①は、株式を質に入れてカネを借りるもので、もし返せなければ株式が質権者(貸主)のものとなる。株券を発行する会社の場合、株券を貸主に交付することで質権が設定される(第三者への対抗要件も備える)。株式に質権を設定したことを株主名簿に記載・記録する「登録質」と、そうしない「略式質」とがあるが、代表者は、通常、個人的な借財を他の取締役や総務担当者などに知られたくないから略式質を選ぶ。この場合、株主名簿に何らの変更はなく、株主名簿をエビデンスとして申告(管理)される実質的支配者も代表者のままである。

 

株券を発行しない会社(*)の場合、株式の質入れは当事者の契約だけで効力を生じる。会社や第三者へ対抗(主張)するには株主名簿に質権者の氏名などを記載することが要件となるが、会社に知られたくない場合は、そうしないこともできる(対抗要件を備えないリスク分、金利が高くなるだろうが)。会社に知らせない場合、株主名簿に何ら変更はなく、実質的支配者の情報もそのままである。(*)上場会社など振替制度の対象となる株式についてはここでは割愛する

 

②の株式の譲渡担保とは、形式上は株式を譲渡したことにするが、実際は株式を担保としてカネを借りるものである。株券を発行する会社の場合、株券をカネの貸主に交付するだけで、譲渡の事実を会社には知らせず株主名簿を書き換えない「略式譲渡担保」の方法がある。株券を発行しない会社の場合は、当事者間の契約だけで譲渡担保の効力が生じるが、会社や第三者へ対抗するには株主名簿の書き換えを要する(振替株式についてはここでは割愛)。

 

代表者が保有する自社株式を担保にイカガワシイ筋からカネを個人的に借りる場合、他の取締役や社員などに秘密にしたいはずであり、株主名簿はその事実を反映しないものとなる。その株主名簿に基づいて申告される実質的支配者も、実態を反映しないものとなる。つまり、実質的支配者の情報は、代表者が危険なファイナンスに依拠する危機的な局面において全く感応しない可能性がある指標といえる。

 

 

●名前負けしている実質的支配者

 

このほか、実質的支配者の制度についていくらでも穴をつくことができる。例えば、起業家が資金を集める際に先輩に頼るとする。先輩は「お前の経営には興味はないがカネは出してやる。そのかわり儲かったら還元しろよ」と応じる。こうした場合、先輩に対しては、議決権がない代わりに高い配当が得られる種類の株式を発行する。ただ、経営が上手くいかず配当が出なかったりすると先輩は高圧的に口だしをしてくる(議決権はないが先輩としてプレッシャーをかける)。挙句、出資金を返せと迫る(先輩の持つ株式に買い取り請求権がない限り払い戻す必要はないのだが)。このように事実上、起業家はその先輩の強い影響下にあるが、実質的支配者の定義によれば先輩の存在は考慮されない。あくまで形式的に議決権ベースで判定するからだ。

 

このように制度としての実質的支配者なるものは、実態的な影響力を必ずしも反映したものにならない。しかも、我々が警戒すべき危機的な局面に名目と実態の乖離が大きくなる可能性がある。要は名前負けしているのである。反社チェック担当者は、実質的支配者の字面から受ける印象に騙されてはならず、それだけのチェックをもって安心してはダメなのだ。

 

これは日本に限ったことではない。欧州でもPSC(Persons with Significant Control)、UBO(Ultimate Beneficial Owner)など仰々しい名称で同様の概念(制度)がある。前者PSCは、Significantに「重大な」「著しい」などの意味があるから「会社に対して重大な支配権を有する者」である。後者UBOは更に大袈裟な表現だ。Ultimateとは「究極的」「最終的」、Beneficial Ownerは「受益者」だから、UBOは「究極的(最終的)な受益者」である。果たしてUltimate(究極的)とは何なのだろうか?そのような「究極」を本当に「追究」できるのか?名ばかりではないのか?

 

制度を鵜呑みにせず、こうした疑問(反骨精神)を持つことが反社チェックやAML(マネロン対策)の実務家のレベルアップに重要であると思う。

 

H.Izumi 

 

2021年7月18日(2021年9月17日 官報公示を受けて一部加筆修正)