不動産業界のマネロン対策 疑わしい取引の届出が少ない~反社チェック担当者が押さえたい日本のマネロン対策~


マネー・ロンダリングを防止するためには国際的な協調が必要である。そのための枠組みがFATF(Financial Action Task Force on Money Laundering:金融活動作業部会)であることは以前に述べた。

 

今回はFATFの枠組みのもとでの日本のマネロン対策(規制等)に触れたい。特に一般の事業者(マネロン規制の及ばない事業者)のコンプラチェック担当者でも押さえておきたい「犯罪収益移転防止法」について概観する。

 

FATFはマネー・ロンダリング対策に関する国際基準である「FATF勧告」を策定し、参加国にこれを遵守するよう求めている。2003年6月に改定されたFATF勧告(「40の勧告」)では、金融機関ではない非金融業者(不動産業者、宝石商・貴金属商等)や職業専門家(法律家、会計士等)もFATFのマネロン対策の枠組みに組み込まれた。

 

これを受け、日本でも2008年3月に犯罪収益移転防止法(以下、犯収法)が制定され、それまでは金融機関における本人確認義務に留まっていたものが、マネロンに関与しやすい非金融業者等も含めた「特定事業者」がマネロン規制の対象となった。

 

犯収法は、犯罪収益が移転して事業活動に用いられるなど国民の経済や生活に悪影響を及ぼすことを防止すること等を目的としている。同法は、特定事業者に対し、①顧客確認(取引時確認)義務、②顧客確認の記録・取引記録の作成保存義務、③疑わしい取引の届出義務を課している。簡単に言えば、「確認」「記録保管」「届出」の3つの義務を特定事業者に課している。

 

特定事業者とは、金融機関等、ファイナンスリース事業者、クレジットカード事業者、宅地建物取引業者、宝石・貴金属等取扱事業者(古物商含む)、郵便物受取サービス業者、電話受付代行業者、電話転送サービス事業者などのほか、司法書士、行政書士、公認会計士、税理士、弁護士などの職業専門家も含まれる。ただし、職業専門家については疑わしい取引の届出義務が課されないなどの措置が講じられている。

 

ここで肝となるのが「疑わしい取引の届出」だ。特定事業者が、「これは犯罪収益に関係しているのでは?」と疑った取引について、所管行政庁(金融庁・経産省・国土交通省など)に届出をしなければならず、その届出情報は所管行政庁を通じて警察当局に情報提供され捜査の端緒となる。このように犯収法は、官民一体でのマネロン対策を規定している。

 

特定事業者が何をもって「疑わしい」と判断するか?のヒントとして、各所管行政庁が「疑わしい取引の参考事例」を公表しているが、これはマネロン規制対象外の事業者のコンプラチェック担当者にも参考となる。

 

例えば、不動産業であれば、国土交通省が「不動産の売買における疑わしい取引の参考事例」を公表しており、その中で、「多額の現金により、宅地建物を購入する場合(特に、契約者の収入、資産等の属性に見合わない高額の物件を購入する場合 )」など、我々がコンプラチェックで不動産登記を見る際などにも役立つ視点が列挙されている。検索エンジンで、「特定事業者の業種名×疑わしい取引の参考事例」などのキーワードで検索すれば公式の文書に辿りつけると思われる。

 

 

ちなみに、最近リークされて話題となった「FinCEN(フィンセン)文書」は、アメリカ版の「疑わしい取引の届出」だ。アメリカでは、「疑わしい取引の届出」のことをSAR(Suspicious Activity Report、不審行為報告書)という。複数の国際金融機関がアメリカのマネロン当局であるFinCEN(Financial Crimes Enforcement Network、金融犯罪取締ネットワーク)に届出したSARがリークされた。それによれば膨大な金額の犯罪収益が国境を越えて送金(マネロン)されていることが示唆されているという。

 

ちなみに日本における2016年~2018年の疑わしい取引の届出件数をいくつかの業種についてピックアップしてみると、預金取扱金融機関109万6,663件(全体の90%を占める)、保険会社7,363件、貸金業者2万5,171件、仮想通貨交換業7,765件(2017年4月からカウント)、クレジットカード事業者4万3,998件、宅地建物取引業者23件、宝石貴金属業者1,125件、郵便物受取サービス業者14件、電話受付代行業者1件、電話転送サービス事業者8件である(国家公安委員会「犯罪収益移転危険度調査書」令和元年12月)。

 

気にかかるのが、宅地建物取引業者の届出件数の少なさである。筆者は「コンプライアンス信用調査」において日々不動産登記を見ているが、その肌感覚からしても、3年間で疑わしい取引の届出が僅か23件しかないのは非常に違和感がある。

 

我々コンプラチェックの担当者としては、犯収法の枠組み(官民一体でのマネロン対策)の存在を理解しつつも、それが必ずしも実効性をもって運用されているとは限らない、と認識するべきであろう。

 

そして、全ての特定事業者がきちんと犯収法の義務を果たしていると想定するのは危険である。犯収法の適用対象となる特定事業者が、我々の取引相手となる場合、その特定事業者自体を入念にコンプラチェックする必要がある。甘々のマネロン対策で怪しい取引をしていないか十分に精査すべきである。