「実質的支配者リストの制度があれば、コンプライアンスやマネー・ロンダリング対策の実効性が上がる」
は?....頭の中は「お花畑」ですか?といいたい。
シビアな信用調査や反社チェックの実務経験のない「学者さん」や「官僚」たちが、国際的なマネロン(資金洗浄)対策への対応として、つじつま合わせで作った「実質的支配者リスト」の制度。調査のプロから見て、つっこみどころ満載であることは、別のコラムで示した。
報道によれば、金融機関が融資先企業に対し、法務局への実質的支配者のリストの提出を「促す」とのこと。
「大株主の情報、350万社に提出促す狙いは?」(日本経済新聞、2021年10月28日)
法務省や金融庁の差し金だろう。役人は金融機関を通じた「圧」がお好きなようだが、目も当てられない愚策というほかない。まじめな業者に負担ばかり強いる、法務局の事務もパンクする、それでいて本物のワルに対しては効果が無い。正直者だけバカを見る制度だ。センス無し。こんな制度を「義務化すべし」と叫ぶ者もいるという。どの程度の思考過程を経てその結論に至ったのだろうか。不思議でならない。
そもそも日本では実質的支配者の制度について、一般人をも巻き込んだ議論が少なすぎる。金融機関を通じた「要請」についても、もっと議論が必要だろう。これを問題視しない日本のマスコミもレベルが低い。当局のリリースをなぞるだけ。ジャーナリズムの名に値しない。
実質的支配者の制度は、単にマネー・ロンダリング対策やテロ対策の範疇に留まらず、経済的自由と責任(自由の見返りとしてのディスクロージャー制度)の議論、プライバシー(本来秘密であるはずの私的財産の状況が暴露される根拠は何か)の問題、当局間の情報共有の問題(行政学)、制度による犯罪の抑止効果と誘発といった刑事学や経済学上の問題、各国でどこまで真面目に取り組み情報を共有するかなど国際政治上の問題など、様々な角度で論じられて然るべきテーマである。
米国では、バイデン政権(および民主党)が徴税強化の一環で、IRS(内国歳入庁)が実質的にすべての銀行口座のすべての入出金記録を監視できる(=IRSへの報告対象を少額取引まで拡大する)よう改革を進めているが、これに対し保守系議員などがプライバシーの侵害だと強烈な批判を展開している。
米国では私人の経済活動や財産状況について、国家の監視が過度に及ぶことに対して嫌悪感があるのだ。自由主義国家の市民ならば当然の感覚だろう。
保守派はこのようなバイデン政権のやり方を憲法違反(修正4条違反)であり、「Big Brother(独裁国家)」のようだと酷評するなど熱い論議が繰り広げられている。徴税強化を巡っては、共和党の議員から「IRS(内国歳入庁)を武器化するな!」(”Don't Weaponize the IRS Act”)という法案が提出されている。
日本では、先述の通り、金融機関の「圧」を利用して融資先に実質的支配者リストの登録をさせようとしている。こうした発想に対し、”Don't Weaponize Financial Institutions Act”(金融機関を武器化するな!)といった法案や批判が出ても良いのだが、議員を含め皆関心が無いのだろう。盛り上がるどころか、さざ波すら立っていない。
欧州でも、実質的支配者について、税務当局に把握されるのは仕方がないとしても、何故、一般公開(*)されて赤の他人にまで自分の財産状況(会社という資産の所有状況)を晒されなければならないのかといった反発も強い。資産家だと知られ誘拐や略奪の対象となるといった危惧もあるようだ。
(*)英国等ではネットで誰でも登記された実質的支配者を閲覧できる。
そもそも論として、実質的支配者として登記(登録)された者を把握できたとしても、その者が真の実質的支配者なのか定かではない。
正直者は正直に登記(申告)するが、犯罪者(マネーロンダラーや汚職政治家)ほど嘘をつくだろう。「ペイド・パツィーズ」(なりすまし役)を用意し名目だけの実質的支配者を登記するだろうし、実際そうだ。
こうした制度の穴を「この会社の真の究極的な実質的支配者は誰?」などとトートロジックに揶揄する向きもある。
実質的支配者の制度について、筆者として思うところは様々あるが、結論としては、この制度は無いよりあった方がいいと思っている。
なぜなら、ダミーとして使える「ペイド・パツィーズ」(なりすまし役)は有限であるからだ。実質的支配者の登記制度が広まれば、それだけ「なりすまし役」の需要が増大し、調達に苦労するようになるからだ。
そうなると同じ名前の「なりすまし役」が複数の会社の実質的支配者として重複登記されることになる。審査の過程でこの「不自然さ」に気づくことができれば「怪しい」と警戒することができるからだ。
プロの審査マンの立ち位置ではそう考える。
以上