悩ましい海外汚職リスクと「実質的支配者」の意義

~設例で考える海外取引のコンプライアンス・チェック(PEPSチェック)~


今回は海外取引に伴う「汚職リスク」について設例をもとに、海外コンプラチェックのあり方と実質的支配者の意義について考察したい。

 

なお本コラムは単純・お手軽な解決策を提示するものではないことを予めお断りしておきたい。

 

【1】私腹を肥やす大統領

X国の大統領は、X国が所有するエネルギー会社(E社)の経営改革のためにコンサルティング会社を探している。選定基準は「いかに私腹を肥やせるか」だ。

 

大統領は自らスキームを考案した。まず、弟が裏で実質的に支配するダミー会社(D社)が、E社(実質X国)とコンサル契約を締結する。そしてD社がコンサル会社に実際の仕事を発注(丸投げ)する。

 

カネの流れは、E社(X国の国庫)→ダミー会社(D社)→コンサル会社、だ。大統領が私腹を肥やすためには、できる限り高額のカネ(コンサル代金)を国庫からD社に引き出し、D社においてできる限り「中抜き」したうえで、残りをコンサル会社に支払う。D社の収益は弟に最終的に還元され、大統領(一族)の私腹が肥やされる。

 

スキームにおいて重要なのは、D社の収益の最終な受益者が大統領の弟であることを隠すことだ。そのため役員には親族ではない一般人を配置している。またD社の役割について問われた場合は「下請のコンサル会社を管理し、プロジェクトを円滑に進めること」とする答弁案も用意している。もちろん、税金の支払いを抑えたいので、D社は法人税率が著しく低いタックス・ヘイブンのV諸島に登記を置いている。

 

このE社(エネルギー会社)の案件情報をいち早くキャッチしたコンサルタントがいる。コンサル会社CX社の社長だ。CX社は国際展開するC社のX国における現地法人である。CX社長は現地でスカウトされた人物であり、X国の政界にも幅広い人脈を有している。大統領周辺にも昔なじみの友人がいる。

 

どうやらCX社長の「営業力」でこの案件を獲得できそうだ。CX社長はグループの規定に従って新規案件の稟議書を親会社C社(本社:J国)の審査部に回付してきた。内容は概ね大統領の考案したスキームの通りであるが、介在するD社(CX社の直接取引先)と大統領親族との関係は伏せている。

 

【2】汚職リスクとPEPsチェック

さて、本社(親会社C社)審査部員として何をチェックすべきだろうか。

 

第一に、商流の確認である。E社(実質X国)→D社→CX社の商流の中で、CX社の直接の取引先はD社となるが、エンドはE社である。これを押さえた上でD社の機能は何か?を考える。何故、D社が介在するのか?合理的な理由はあるのか?

 

第二に、CX社長がE社の案件を獲得しつつある経緯を確認することだ。合法的な入札プロセスなのか、随意的な契約だとすれば、何故CX社に白羽の矢が立ったのか。競合はいるのか。E社は合い(相)見積もりをしたのか。

 

第三に、エンドがE社すなわちX国の国有企業と判明したのであれば、「汚職リスク」の観点でもチェックを深めなければならい。

 

汚職リスクとは、贈収賄や横領などに関与するリスクのことだ。贈収賄により公共調達を歪めたり、国庫から横領して私腹を肥やす行為は、その国の人々の人権を侵害する行為でもある(と国際的には見なされる)。SDGs(持続可能な開発目標)でも汚職と贈賄の減少が目標として掲げられている。海外(本ケースではX国)で汚職すなわち人権侵害に関与すればアメリカなどから経済制裁を受けるリスクもある(マグニツキー法)。

 

汚職問題に取り組む国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナルの公表する「腐敗認識指数」を参照するとX国の汚職リスクが高いことが示されている。大統領一族の強欲を指摘するウェブ記事も散見される。気を付けなければならない。

 

本社審査部員として最も気がかりなのは介在するD社がX国と癒着していないかどうかだ。D社がX国(の政府関係者)と特別な関係を有していないか。これを調べなければならない。

 

この観点でD社を調べることを「PEPsチェック」と呼んだりする。PEPs とはPolitically Exposed Personsの略で、政府高官など「政治的に影響力のある人物」をいう。

 

D社の役員などがX国のPEPsに該当していないかチェックする必要がある。そのためまずD社の信用調査報告書を取り寄せてみる。そこに役員の記載があったので、その名前をピックアップし各国PEPsデータが格納されたデータベースでスクリーニングしてみた。特に該当はない。D社の役員にX国のPEPs(政府高官等)はいないようだ。このことは何かあったときのエクスキューズとして記録に留めておこう。

 

ただ、信用調査報告書には株主の記載はなかった。そもそもV諸島の登記所では株主に関する情報は非公開となっている。なお、現地CX社長によればD社の役員(1名)が株主らしい(実際は大統領親族が絡んでいることを知っているのにそれを伏せている!)。

 

D社のホームページは存在し事業内容や代表者の経歴についてそれらしい記載もある。ただ、不安はぬぐえない。D社は設立されて1年程度である。しかも、タックス・ヘイブンとして有名なV諸島で設立されている。

 

D社はフロント会社(ダミー会社)ではないのか?調査報告書やホームページに記載されている役員は、「ペイド・パツィーズ(paid patsies)」ではないのか? ペイド・パツィーズとは「なりすまし役(身代わり役)」のことだ。わずかな報酬で代表者や株主としての名義を貸す者だ(patsiesとはpatsy:スケープゴートの複数形)。

 

汚職に加担することは避けなければならない。D社の背後関係が不明なままでは取引ができない。D社を実質的にコントロールし、収益を最終的に享受する受益者についての情報があれば判断もしやすいのに・・・。

 

【3】実質的支配者の制度の意義

このような不便を解消する一助として整備されつつあるのが「実質的支配者」の公示制度だ。実質的支配者とは、会社の経営を実質的に支配しうる者、あるいは、会社からの収益を最終的に享受する者といった意味だ。本例では、大統領の弟が実質的支配者にあたる。英語では「UBO(Ultimate Beneficial Owner」、「BO(Beneficial Owner)」、「PSC(Persons with Significant Control)」などと呼ばれる。

 

実質的支配者の制度が最も進んでいるのが欧州だ。EU加盟国は実質的支配者の登記制度の整備が義務化されている(2015年の第4次マネー・ロンダリング指令)。さらにその登記情報を公示することも義務化された(2018年の第5次マネー・ロンダリング指令。ただし現状すべての加盟国で公示が実施されているわけではないようだ)。

 

このような実質的支配者の公示制度が機能すれば、コンプライアンスやマネー・ロンダリング対策を遵守しつつ取引を円滑に進めることができる。本例でもD社の実質的な支配者が「大統領の弟」であることが公示されていれば、汚職リスクのチェックが容易にできるだろう。

 

しかし、そう甘くないのが現実である。全ての国で公示制度が導入されることは期待できない。実質的支配者について、税務当局に把握されるのは仕方がないとしても、何故、一般公開されて赤の他人にまで自分の財産状況(会社という資産の所有状況)を晒されなければならないのかといった反発も強い(資産家だと知られ誘拐や略奪の対象となるといった危惧もあるようだ)。汚職やマネロンに利用されやすいタックス・ヘイブンの会社こそ実質的支配者の情報を知りたいのだが、それら諸国において公示制度までは整っていないのが現状だ。

 

実質的支配者として登記されている者を把握できたとしても、その者が真の実質的支配者なのか定かではない。犯罪者(マネーロンダラーや汚職政治家)ほど嘘をつくだろう。「ペイド・パツィーズ」(なりすまし役)を用意し名目だけの実質的支配者を登記するだろう。こうした制度の穴を「この会社の真の究極的な実質的支配者は誰?」などとトートロジックに揶揄する向きもある。

 

ただ、筆者の私見としては、この制度は無いよりあった方がいい。なぜなら、ダミーとして使える「ペイド・パツィーズ」(なりすまし役)は有限であるからだ。実質的支配者の登記制度が広まれば、それだけ「なりすまし役」の需要が増大し、調達に苦労するようになるからだ。そうなると同じ名前の「なりすまし役」が複数の会社の実質的支配者として重複登記されることになる。審査の過程でこの「不自然さ」に気づくことができれば「怪しい」と警戒することができるからだ。

 

H.IZUMI