【図解】経済制裁とは アメリカの人権制裁 ~発動フローと調べ方~


■経済制裁とは

 

 経済制裁(economic sanctions)とは、ある主体を対象に金融および貿易を制限・停止することをいう。

 

 経済制裁の目的は相手を経済的に苦しめることにより、その政治・経済・軍事面での行動を変更させるためである。戦争に代わって国際紛争を解決する手段として位置付ける見方もある。

 

 経済制裁は、①一国が発動する単独制裁、②有志連合で発動する制裁、③国連決議に基づく制裁に大別される。①は例えば、アメリカによる対イラン、対キューバ―への制裁などが挙げられ、②は共産圏への輸出を規制したココム(COCOM,対共産圏輸出統制委員会)、G7のロシアへの制裁、戦前の日本を対象としたABCD包囲網などが挙げられる。③については、対マリ・イラン・南スーダン・イエメン・中央アフリカ・北朝鮮などへの制裁が挙げられる。

 

 また、経済制裁には、一国全体を対象とする制裁(country based sanctions)のほか、具体的な個人や組織を指定し制裁リストに載せて制裁を行うリストベースド・サンクション(list based sanctions)スマート・サンクション(smart sanctions)といった手法がある。

 

 一国全体を対象とする制裁では当該国の善良な国民も苦しむことになるので、近年はリストベースド・サンクション(きめ細かくターゲティングできる”賢い制裁”という意味で「スマート・サンクション」とも呼ばれる)が主流となっている。

 

■アメリカの経済制裁の発動フロー

 

 上図は、米国における経済制裁の典型的は発動フローを示している。経済制裁は「大統領令」(Executive Order、略してEO)という形(文書)で発令される。つまり、大統領が発動する。

 

 そのベース(根拠)となるのが「国家緊急事態経済法」(International Emergency Economic Powers Act、略してIEEPA法)である。同法は、米国の国家安全保障・外交政策・経済に対する(国外での)異例かつ重大な脅威(unusual and extraordinary threat)が生じた場合、その脅威に対処するための権限を大統領に付与するものである。具体的には「外国為替取引」「金融取引」「米国内資産の使用・移転・輸出入等」などを禁止する権限を大統領に付与している。これが有事の際に大統領が経済制裁を発動し金融と貿易に制限を加えることができる根拠である。

 

 しかし、このIEEPA法だけでは、具体的に「誰に対して、どのような制裁を科すのか」が定まらない。具体的な制裁の内容を規定するのが「各制裁法」である。例えば、近時、企業のリスク管理担当者が注意を払っている人権分野においては「グローバル・マグニツキー人権問責法」が有名だろう。

 

 このように経済制裁(大統領令)は「国家緊急事態経済法(IEEPA法)」+「各制裁法」のセットを根拠とした上で発動される。経済制裁(大統領令)の具体例については後述する。

 

 さて、大統領令が発令されると各行政機関が動き出す。

 

 貿易制裁(輸出規制)では、商務省の産業安全保障局(BIS)が米国にとって脅威となる主体を「Entity List(エンティティ・リスト)」に記載して貿易を制限する(許可制にするが実質禁輸)。

 

 金融制裁(ドル決済禁止や資産凍結)では、財務省外国資産管理局(OFAC)が制裁対象者を「SDN List」に掲載する。この「SDNリスト」に掲載された者は、ドル取引が禁止され、米国内の資産も凍結される。貿易制裁のみを受けるよりも遙かに影響が大きい。

 

 なお、「エンティティ・リスト」(商務省)にしろ「SDNリスト」(財務省)にしろ、制裁リストに掲載する主体を選ぶに際しては国務省(DOS)との協議が必要だ。

 このほか司法省(DOJ)が制裁違反者の訴追を、国土安全保障省(DHS)は所管する税関を通じて貿易の監視をするなど、経済制裁は多省庁にわたって執行される。

 

■アメリカの人権制裁プログラム

 

 上の図は人権侵害に対する経済制裁プログラム(グローバル・マグニツキー)の発動フローを示している。

 

 前述の通り、経済制裁の基本法たる「IEEPA法」と、個別制裁法である「グローバル・マグニツキー人権問責法」を根拠に「大統領令13818」が2017年12月20日にトランプ大統領(当時)により発令された。

 

 なお、グローバル・マグニツキー人権問責法の名称の由来や内容についてはネットで検索すれば豊富な説明にありつける為ここでは省略する。

 

 この人権侵害に対する経済制裁プログラムは、通称「グローバル・マグニツキー」などと呼ばれ、SDNリスト上ではプログラム名が「GLOMAG」と表記される。

 

 上図にOFACのサイトで無料提供されているSDNリストのスクリーニングシステムの検索結果を示してある(同システムを含む米政府運営の無料検索システムについては後述する)。

 

 ある主体について検索したところ上図の通りヒットした。画面右側に「List:SDN」「Program:GLOMAG」と表記されている。

 

 Programとは経済制裁プログラムのことであり、ここでは「GLOMAG」即ち「グローバル・マグニツキー」と表記されている。つまり、この主体は人権侵害リスクのある主体としてSDNリストに掲載されていることがわかる(SDNリストは犯罪歴や違反がなくともリスクベースで掲載されることもある)。

 

 このプログラム名称(Program Code Key)は約80に及ぶが、暗記する必要はない。こちらのサイトに一覧表がある(OFACの検索ボックスの右上にリンクあり)。検索結果で表示されたプログラム名をコピーし、一覧表のページで「Ctrl+f」を押してページ内検索をすれば該当のプログラム(大統領令等)にありつける。ただし、どのような制裁なのかはその文書の中身を読まなければならない。以下がその例である(GLOMAG)。

上図は人権侵害に対する制裁プログラム(GLOMAG)の発令文書(大統領令13818)の一部である。全文はこちらから閲覧することができる(米財務省ホームページのPDF)。

 

 この大統領令13818についての着目点は次のとおりである。まず、発令時(2017年12月20日)には13の主体しか制裁対象とされなかった(文書のAnnex参照)。従って、発令時にSDNリストに追加されたのはその13者のみである。しかし、発令以降、この大統領令(GLOMAG)をベースとして、人権侵害の懸念者(*)が発見された場合は、財務長官がその者を次々に指定し、SDNリストに追加していく可能性があるということも明記されている。現にGLOMAGでのSDN指定は248主体にまで増加している(2021年5月4日時点)。

 

(*)どのような者が「人権侵害の懸念者」なのかはSection1.(a)(ⅱ)に規定されている。該当すれば、この人権制裁(GLOMAG)によって今後制裁されうる。人権侵害リスクのある主体との取引を回避するためにも、まずは米国の人権制裁プログラムの対象となるような属性を把握しておくのは審査パーソンにとって必須といえる。

 上図で示した各リストは、米政府(商務省)が管理する「統合スクリーニングリスト(The Consolidated Screening List (CSL))」に格納されており無料で検索をかけることができる(CSLのサイトはこちら)。

 

 商務省、国務省、財務省の所管リストを横断的に検索できるので大変便利だ(*注)。

 

 筆者は通常はKeywordのボックスに調べたい企業等の名称を入力し検索をしている。名前で検索する場合は「あいまい検索(Fuzzy Name)」をオンにしている。

 

 なお、本格的な実務では米国の制裁だけを気にすればよいというものではない。それ以外の国や国連など国際機関の制裁リストもチェックする必要がある。従い、それらを格納した「商用データベース」の利用をお勧めする。

 

 ここでは本格的な「安全保障貿易管理」や「AML(マネー・ロンダリング対策)」というよりは、国内企業を対象とした反社チェック・信用調査の過程で関係者に海外主体が登場し、その海外主体がアメリカの制裁対象になっていないかなど最低限の無料チェックをする場面を想定している。

 

 主要リストについて簡単に説明を加える。

 

 財務省OFAC所管のSpecially Designated Nationals List (SDNリスト)は、上述の通りアメリカの経済制裁プログラムによって制裁を受け米国内の資産を凍結された者(団体・個人)のリストである。米国の個人や企業などはSDNリストに記載された者と取引することが禁じれられる。テロ、薬物取引・国際組織犯罪、兵器の拡散、人権侵害・ジェノサイドなどに関与する「反社会的勢力」をリストアップしている。

  • (*注)筆者はSDNリストについては念のためOFACの管理する「Sanctions List Search」でも検索している(商務省が管理するCLSと財務省が管理するSDNのデータが完全に同期しているか否かの観点)。

 商務省BIS所管のEntity List(EL)は米国の国家安全保障や外交政策上の利益に反する活動を行う懸念がある企業等を商務省が指定しリストアップしたものである。上述の通り、経済制裁プログラムを受けて指定されることもある。米国から掲載者へ輸出することは原則として禁止される。米国産の物や技術が一定以上含まれていれば日本など米国外からの再輸出も規制の対象になる(再輸出規制)。

 Denied Persons List(DPL)は輸出管理規制に対して重大な違反をした企業等をリストアップしている(違反禁止顧客リストとも呼ばれる)。輸出特権等をはく奪されており、DPL企業との取引は原則不可とされている。

 Unverified List(UVL)は未検証エンドユーザーリストとも呼ばれ、輸出許可に際して検証ができず最終用途・需要者に懸念のあるユーザーのリストである。販路が不透明であり製品がどこに行き着くのか不明な(怪しい)ユーザー(主体)という意味である。エンティティ・リストに入る候補企業ともいえよう。

 

Consolidated Screening Listに格納されているリスト(使用に際してはご自身で同サイトの説明をお読みください)

■財務省 外国資産管理局(OFAC)所管リスト

Specially Designated Nationals List (SDNリスト)(*上記注をご参照)

・Foreign Sanctions Evaders List

・Sectoral Sanctions Identifications (SSI) List 

・Palestinian Legislative Council (PLC) List

・Correspondent Account or Payable-Through Account Sanctions (CAPTA) List

・Non-SDN Menu-Based Sanctions List (NS-MBS List)

■商務省 産業安全保障局(BIS)所管リスト

Entity List

Denied Persons List

Unverified List

・Military End User (MEU) List 

■国務省(DOS)所管リスト

・Nonproliferation Sanctions

・AECA Debarred List

 

 自社(日本法人)が米国が制裁する者(非米国の主体)と取引した場合、どのような不利益を被るのだろうか。日本法人であれば、米国の法律は適用されないように思える。しかし、米国は国際基軸通貨であるドルの支配者であり、その地位を笠に着て外国に対して自国の法律を実質的に「域外適用」させることができる(している)。

 

 貿易にしろ投資にしろ国際間取引の大宗を占めるのは「ドル決済」であり、ドルの使用抜きに国際的なビジネスはできない。ドルの決済は最終的にはニューヨーク連邦準備銀行(NY連銀)にある米国の銀行の口座間の振り替えによって行う。日本法人が行うドル送金であってもNY連銀が関与することになるからアメリカの司法管轄が及ぶ(とするのが米国のロジックであり、このため「域外」適用とは考えていないようだ)。

 

 日本法人が取引する日本の銀行が制裁対象者とのドル決済に関与すれば、その銀行の米国支店(法人)の免許がはく奪される恐れがある。米国での銀行免許がはく奪されれば銀行としてドル決済に関与できなくなり国際的な金融業務が不可能となる。そのため日本の銀行は送金について制裁対象者が関与するか否かを厳重にチェックしている(AML/CTF、アンチマネー・ロンダリング、テロ資金供与防止業務)。日本の銀行にとって米国の制裁に抵触することは絶対に回避しなければならない。

 

 日本法人(日本人)が制裁対象者との取引であることを隠し、日本の銀行を通じて決済を行えばその銀行に対する詐欺罪が成立しうる。また詐欺を通じて貿易代金を収受するのだからマネー・ロンダリング罪(組織的犯罪処罰法違反等)に該当する可能性もあろう。

 

 また、日本法人であってもアメリカの制裁に違反すれば Entity List、Denied Persons List、SDN Listなどに掲載される恐れもある。SDN Listに名前が載ればアメリカで所有する資産が凍結される。役員等のアメリカへの入国が禁止されるかもしれない。

 

 エンティティ・リスト(Entity List)に掲載される企業の製品を使用する日本法人はアメリカの政府調達から排除される可能性もある。

 

 ちなみに制裁対象者と取引するなど「リスクが高い」と見なされた非米国の主体への制裁を2次制裁(secondary sanctions)とよぶ。 

 

 制裁リストに自社の名前が掲載されることにより信用が大きく失墜し、マスコミ等にもネガティブな報道がされレピュテーションが悪化する。リスク管理やコンプライアンスの失態について株主から訴訟を起こされる恐れもあろう。

 

 このような不利益を被らないためにも制裁リスト等により海外反社チェックを実践する必要があるのだ。